Futokoro

小説、日々の雑記。

課金の町 (変境日誌/ショートショート小説)

或る町に着いた。

駅の改札を通る際、手持ちのスマートフォンにアプリケーションをインストールさせられた。アプリに表示されるコードを改札機に読ませ、ゲートを出た。

この町での決済は、このアプリを使って行われるらしい。駅に並んだドリンクの自動販売機にも、改札機と同じ読み取り機がついていて、このアプリを読ませて後々決済するシステムのようだ。

訪問先の友人からは住所をもらっていたが、それなりに距離があるので、駅を出たらタクシーを拾った方がいいと言われていた。

普段なら長く歩くのは特に苦ではないのだが、先日ふとした拍子にひねってしまった足をまだ少しひきずっているので、素直にタクシーに乗ることにした。

タクシー乗り場に待機客は誰もおらず、二台のタクシーが停まっていた。先頭のタクシーに近づけば自動でドアを開いて迎えてくれると思っていたが、ドアの前に立っても運転手は開けてくれなかった。

運転席を覗き込むと、三十代くらいの若い男の運転手がこっちを向いていた。片手に持ったスマートフォンを指差して、かざすようなジェスチャーをしている。画面に開いているのは、駅でインストールしたあのアプリのコードだった。

目の前のドアを見ると、グリップの部分に、改札機や自販機と同じ読み取り機がついていた。アプリを開いてコードを当てると、ライトが青く光り、ガチャっとロックが外れてドアが開いた。

まだ慣れないが、なるほど、全てがこのコードで決済できるなら便利そうだ。そう思いながら車内に潜り込み、シートに腰を落ち着けると、運転手が言った。

「どこへ?」

あまりに簡素な言葉に僕はひるみそうになったが、ひとまず行き先を告げねばと思い、友人からもらったメールを見ながら言った。

「金杉町の二丁目に行きたいんですが……」

タクシーの運転手にいきなり細かい住所を告げるのは少しためらわれる。まずは大雑把な場所を告げたのだが、運転手は、

「道は?」

と聞いてきた。
タクシーの運転手にはいろんな種類の人間がいる。あまりコミュニケーションをとりたくないタイプなのだろう。

「道はわからないんで、おまかせします」

そう告げると彼は、運転席横の画面を指差し、

「入れる?」

と聞いてきた。「ナビ入れますか?」くらい言えばいいのに、と思いつつ、僕は「お願いします」と告げて、住所を伝えようとスマートフォンのメモ画面を見せたのだが、運転手はナビの横にかけてあったバーコードリーダーを手にとって、

「コード」

と僕に告げた。なるほど、ナビを使うのも課金制なのか。嫌らしい体系だが、まあ仕方ない。郷に入っては郷に従え。大した額ではないだろう。

再びスマートフォンでアプリを開き、運転手がコードをスキャンした。するとナビが「Connecting……」というような表示に変わった。だがしばらく待ってもその先に進まない。

やがてビーッと警告音が出て、「Error」というような表示に変わった。

運転手は首を捻り、僕に「もう一回」というジェスチャーをして見せたところで、ハンドル横のホルダーにつけてある彼のスマートフォンにメッセージが入った。

運転手はそれを読むなり僕の方に向き直り、

「お客様、大変申し訳ございません。現在弊社の決済システムにエラーが起こっているとの情報が入りまして、お客様の決済を通せない事態となってしまいました。大変恐縮ではございますが、一時的に運行を停止する必要がございまして、一旦お降りいただいて、後ろのタクシーのご利用をお願いできますでしょうか。

弊社の全タクシーに影響が出ているのですが、幸い、後ろの一台は別の会社の車ですので、問題なくご乗車いただけるかと存じます。ご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございません」

と、とても流暢に話した。
さっきまでとのギャップに面食らいながらも、僕は「わかりました」とだけ応え、「大変お手数ですが、乗車記録の消去のためにもう一度アプリのコードのご提示をお願いできますでしょうか」と伝えられたので、画面を見せてスキャンをしてもらい、車を降りた。

背後からもう一度「大変申し訳ございませんでした」と謝られ、僕は軽い会釈をしながら、何か釈然としない気持ちで後ろの一台に移った。

後ろの一台は、僕が前の車から降りてきたのを不思議に思うかなと思いきや、どうやらもう前の車のシステム不具合については情報を得ていたようで、僕がコードをかざして後部座席に乗り込むや否や、

「いやいやお客さん、災難でしたね」

と調子のいい感じで運転手が話しかけてきた。

「うちのナビは生きてますんでね、安心してください。というか私ならナビ無しでも行けると思いますけどね。住所、どちらですか?」

五十歳くらいの男だったが、慣れた感じでリードしてくる。あまりおしゃべりなのも好きではないのだが、初めての土地で乗るタクシーは、こういうお調子者っぽい人の方が助かる。

さっきの運転手のようにつっけんどんなやりとりでは、本当にこちらの要望がわかってくれているのか不安になる。まあナビさえ動けば問題なかったのかもしれないが。

僕が住所を伝えると、運転手は、

「ああはいはい、金杉の一丁目ね。じゃあこの大通りをまっすぐいって、千蛇通りの手前で右に入って、小道を二、三回曲がって紅白稲荷のところに出ればすぐですよ。そんな感じでよろしいですかね?」

僕は「おまかせします」とだけ伝えた。途中でこの辺りの観光名物である神社と団子屋に寄ることを勧めてきたが、「前のタクシーで出発できなかった分、時間がない」というような言い訳をして断った。

車が走り出してからも、彼はその神社にまつわる江戸時代の男女の悲恋話や名物の団子の紹介(みたらし団子でありながら中にあんこが入った逸品)、はたまた地元のサッカークラブの戦績や、自身の参加する草野球チームのメンバー紹介に至るまで、ひっきりなしにしゃべり続けた。

最初のタクシー運転手に会っていなければ辟易しているところだったが、まあ無愛想なよりいいかと思い、僕は彼がしゃべりたいままにしゃべらせておいた。

そして友人宅の前に着いた。運転手は僕が降りる前に、
「いやはやお客さん、この度はうちのタクシーを利用していただいて本当にどうもありがとうございました。おかえりの際もタクシーですか? もしよかったらまた呼んでくださいね。私すぐにかけつけますんで」といいながら名刺を渡してきた。

彼からの案内に従って、僕は再びアプリを開き、ドアノブ脇の読み取り機にコードを当てた。ピロンと決済音がなり、ドアが開いた。運転手は「ありがとうございました〜」と言いながら、運転席のボタンでドアを閉めた。

友人は暖かく僕を迎えてくれた。数年ぶりの再会でつもる話などしていると、彼の奥さんがお茶菓子に例の団子を持ってきてくれた。

「このあたりの名物なんですが、お口にあうかどうか」と言う彼女に、さっきタクシーで運転手にひとしきり説明してもらったと話した。すると友人は怪訝な顔をして、

「タクシーの運転手がそんなにベラベラ話したのかい?」

と聞いてくるので、僕は「ああ」と応え、一台目のタクシーに乗れなかった顛末と、無愛想な運転手について彼に話した。

「そりゃあまずい運転手に当たっちまったね」

と彼が言うので、僕は応えた。

「そうだろう。一応客商売なんだから、もっと愛想よくしてくれればいいのにね」
「いや、まずいのは君が乗ってきた方の運転手だよ」
「え? どういうことだい? そっちの方は愛想よく対応してくれたよ。ちとしゃべり過ぎな感はあったけどね」
「それが問題なのさ。君、そのタクシーの利用料金確かめてないだろ」

確かにそうだが、タクシー代なんてたかが知れてるだろう。そう思いながら決済アプリを開き、履歴のところを確認した僕は、その値段に目を丸くした。想定の十倍はかかっている。

「この町のタクシーはこんなに高かったのかい?」
「いや、タクシー代自体はそんなに高いものじゃないんだよ。運賃はね。それとは別に、案内料、ってのがあるだろう?」

アプリの明細を見ると確かに案内料というのがあって、運賃の数倍の値段が取られている。

「この辺のタクシーは、運転手の案内にも金を取るシステムでね。神社のこととか、説明されただろう? そういうのにも課金をしてくるんだよ。何を計算してるかって、運転手のしゃべった文字数なんだ。それを車内のマイクが全部拾って、コンピュータが自動的に文字数を割り出して金額に乗っけてるのさ」

なるほど、それであの運転手は饒舌にしゃべり続けたのか。システムを知らない僕はいいカモだったというわけだ。草野球チームの情報にまで金を払わされてたとは。

「最近はそういう悪どいことしても、みんなわかっちゃってるから、むしろしゃべらないことをサービスにしてるタクシーが多いんだけどね」

つまり最初に当たった言葉少なな運転手の方が、サービス精神のある顧客思いの運転手だったというわけだ。

どうりで、あんな片言みたいな受け答えをしていたのに、決済できないとなった瞬間から丁寧な言葉で説明を始めたわけだ。こちらに不利益にならない部分では、彼はしっかりと文字数を使って謝罪をしてくれたのだ。

友人の次の用事の時間になったので、僕はおいとますることにした。奥さんがタクシーを呼んでくれると言ったが、そこまでさせるのも申し訳ない。僕はおかまいなくと告げ、彼らの家を後にした。

とはいえ足はまだ痛む。今夜はこの町に滞在する予定なのだが、駅近くのホテル街まで行くのにタクシーを呼ぶべきか……思案しながらポケットに手を突っ込むと、さっきの運転手の名刺があった。カモにされた悔しさがよみがえり、僕はその名刺をグシャグシャに丸めた。

そのまま投げ捨てたい気分だったが、見ると道の端にゴミ箱が設置してあった。ポイ捨ては流石によくない、あそこに捨てるか。

そう思って近づき、ゴミ箱のフタを押しあけようとしたが、鍵がかかったように動かない。おかしいなとフタの脇を見ると、アプリのコードの読み取り機が据え付けてあった。

僕は大きくひとつため息をつき、ぐしゃぐしゃに丸めた名刺をポケットに戻した。この町で一夜を過ごすとなると、まだまだトラップは多そうだ。これ以上この町に不必要な課金をされたくないのだが……。重い足と気持ちを引きずって、僕は駅に向かった。

 

さて……宿を探そう。

 

(了)