Futokoro

小説、日々の雑記。

ダイナー (小説 1/3)

テーブルでコーヒーを待っていると、彼女が突然切り出した。
「どんな風に見えるんだろうね、私たちって」
僕はすぐには返答しなかった。まだ完全には頭が起きていないのと、彼女の質問に実際に困惑したのと両方だった。ほとんど部屋着に近いラフな姿で、僕と彼女は近所のダイナーに朝食に訪れていた。

すでに注文は済ませたというのに、彼女は再びラミネート加工されたメニューを手にとって眺め始めた。朝食メニューと飲み物のメニューの二枚がリングで綴じられている。

僕としては当然「カップルに見える」という答えが浮かんではいるのだが、彼女が求めているのはその付帯情報だということもわかっている。つまり、「どんなカップルに見えるのか」ということだ。

彼女はメニューを見てはいるが、読んではいない。頭の中で今、何を考えているのかはわからない。ただ、何かを決めようとはしているのだと思う。それはおそらく、今日のこの朝食を、僕と食べる最後の食事にするか否か、ということだろう。

友達でいた期間が長すぎたのかもしれない。僕がもっと早くにアタックしていれば、あるいはこんな状況にはならなかったのかもしれない。どちらにしても僕はまだ次に言うべきセリフを拾ってこれない。脳がサーチを拒否している。早くコーヒーが来て欲しい。脳を動かすきっかけとなる一口が。

彼女はメニューを戻して、遠くカウンターを見ている。ケチャップとマスタードの、先の尖った容器を見つめている。カウンターの端にまとめて赤と黄の容器が置かれていて、彼女はぼんやりとそのあたりに視線を送っている。

彼女の気が乗らない理由はわかっている。その原因となっている男のうち一人は僕で、もう一人は僕ではない。先日彼女と行ったパーティーで、彼女に声をかけてきた羽振りのよさそうなあの男。今彼女が僕と天秤にかけているあの男だ。

大きめの白いマグで、若い女性がコーヒーを運んできた。たっぷりと注がれて波打っている液体には安心感がある。マグを手に取ってすぐに口に運ぼうとした僕を、ミルクのポットを手に取った彼女の視線が突き刺した。牽制された僕は、一旦マグを口から離してテーブルに置く。そんな僕に彼女はまたつまらなそうな顔をした。

こういう風に合わせたり、押し切られたりしてしまう僕を、彼女が気に入らないというのもわかっている。押しの弱さ。それが、入学した時から気になっていた彼女に声をかけるまでに、四年に近い歳月を費やさせた。いざ彼女に思いを告げて、一応のオーケーをもらった時には、もうあと一ヶ月で卒業。ひとつの決断を迫られる時期が一瞬で来てしまったというわけだ。

ベーコンの香ばしく焼ける香りが鼻をくすぐる。苦境に立たされている時、目に入るものが見えなくなったり、周囲の音が聞こえなくなったりするが、不思議と鼻はそんなことはない。どんなに心ここにあらずでも、異臭がしたら鼻をつまむし、いい香りがしたら少し気分が上がる。

僕は卵とソーセージ、それにベーコンとトーストのセットを頼み、彼女は三枚重ねのパンケーキをオーダーした。今それらのメニューが、カウンター越しに見えるキッチンで、半袖のTシャツにエプロンをした女性の手で調理されている。金髪を後ろで束ねた、がっしりとした体つきの四十代くらいの女性がここのシェフ兼オーナーだ。

部屋に携帯電話を置いてきてしまって、僕の前で頬杖をついて外の通りを眺めている彼女の鼻にも、ベーコンの匂いは届いているだろうに。つまらなそうな表情はまったく変わらない。せめて携帯があれば間が持つのに、と僕の方が思ってしまう。

間が持たないのは今に始まった話ではなくて、最初のデートの日の午後には僕はもう間が持たなくなっていた。元々弁の立つ方でもなければ、彼女といる緊張も相俟って、言葉が出てこなくなっていた。

初めは彼女も僕に対して優しさを見せていたし、夜ともなれば会話なしでコミュニケーションを取れる手段もあったので、それほど間の持たなさは重要ではなかった。

何度も時を過ごした今となっては緊張こそしなくなっていたが、元来の口下手さが、彼女にしてみれば余計に目立つようになってきたのだろう。別の男という比較対象ができてしまえばなおさらだ。「どっちの男がより私を楽しませてくれるか」こんな風に彼女が考えていたらもう勝ち目はない。

コーヒーを持って来てくれた女性が、ナイフとフォーク、それに彼女のパンケーキ用のメイプルシロップを持ってきた。彼女はすぐにメイプルシロップに手を伸ばし、コーヒーの中にドボボっと注いだ。

これから来るパンケーキにも彼女はきっとたっぷりメイプルをかける。それなのにコーヒーにそんなに入れたら、メイプルの味ばかりになってしまう。でもこのくだりは前に一度やっている。「メイプルシロップが美味しいんだから、何にだってかければかけるほど美味しくなるに決まってる」それが彼女の理屈だった。

この店に彼女と来るのも二度目で、最初の時は好きな卵の焼き方について話したり(彼女はゆるめのスクランブルエッグ、僕はしっかり両面焼いたフライドエッグ)、すごい量のベーコンをオーダーしていた客に運ばれていく皿を盗み見て、二人で声を出さずに笑ったりした。

みんながめいめいに、自分好みの朝食を求めにこのダイナーに来る。ランチやディナーほど料理は特別ではないかもしれないけれど、朝という時間は、昼や夜より特別なものに思える。

家以外の場所で朝を迎えるのは、昼や夜に比べて特別だ。僕はダイナーで食べる朝食が好きだし、朝食を食べている人々と同じ空間で過ごすのも好きだ。彼女の不機嫌さもいいスパイス……となればいいのだが、僕にそこまでの余裕はない。

彼女は昼から予定があるから、朝食を食べたら帰ると昨夜言っていた。それを僕に告げたタイミングがセックスの前か後かは、それなりに重要な意味を持つと思うが、残念ながらセックスの後のことだった。「予定」についてもはっきりとは言わない。友達と会うから、と言っただけだった。

引き止めるべきだろうか。「いいから今日一日僕と一緒にいてくれ」と。他の人のことなんていいから僕のことだけ考えてくれと。

そんなマンガみたいなセリフ、とても彼女が好むとは思えないけど、でもこのままでは僕から気持ちが離れていく一方だろう。

そうやってなんとなく疎遠になって、卒業の日が来て、社会人生活が始まって、すれ違いという段階にもいたらないまま、関係がフェードアウトしていく。

それでいいのかもしれない。僕にとっては高嶺の花だったのかもしれない。こうして束の間でも彼氏彼女の関係でいられたことを、幸運に思うべきなのかも知れない。彼女は僕と違って引くてあまたで、こうして僕のところに来てくれたのだって、きっとたまたま彼氏を切らしていたからで、僕よりいい相手がいれば乗り換えたいのが本音なのかもしれない。

それでも。乗り換えようとしている先があの男だというのが腑に落ちない。あんな外面だけの男、あいつ自体も許せなければ、それについていこうとしている彼女にすら腹が立ってくる。

(続)